【花と私 #03】音楽家・寺尾紗穂さん “家で育てる、愛でる、大切な人に贈る”

 生活に花を取り入れるきっかけは人それぞれ。美しく、日々変化する花の姿に魅了される人もいれば、部屋の中のお気に入りの場所に、とっておきの花を飾る瞬間に幸せを感じる人もいるだろう。

 連載「花と私」では、さまざまな人に“花に心惹かれる理由”を聞いていきます。第三回目は音楽家であり文筆家の寺尾紗穂さん。コロナ禍で自宅のベランダで寄せ植えを始め、その花々を摘み、季節のブーケを制作し身近な人に届けているのだとか。花を育て、じっくりと愛で、そしてプレゼントする。そんな花のある暮らしについて聞いてきました。

Profile

寺尾紗穂●てらお・さほ

1981年生まれ。東京都出身。大学時代より作詞作曲を始める。2007年にピアノ弾き語りによるメジャーデビューアルバム「御身」が各方面で話題になり、坂本龍一や大貫妙子らから賛辞が寄せられる。その後も9枚のアルバムを発表、フェスの主催、レーベル「こほろぎ舎」を立ち上げるなど活動中。また、文筆家としても活動し、2021年12月にエッセイ集『天使日記』(スタンド・ブックス)を上梓。

 

花々の季節の香り。

寺尾さんが手掛けた寄せ植え。取材時(2月中旬)には白いアリッサムと、薄紫のひな草、青いプリムラ、紫のムラサキナズナ、黄色いムルチコーレが咲く。

「今の季節、アリッサムがすごく元気に咲いていて、蜂蜜みたいな匂いがするんです。毎朝、その香りを嗅ぐとエネルギーをもらえますね。最近、沈丁花も咲いたので、毎朝香りを楽しんでいます」

そう語るのは音楽家であり、文筆家の寺尾紗穂さん。2年前に購入した彼女のマンションでは、約30種類の花や緑が香り豊かに、すくすくと育つ。“2年前”というと、ステイホームが始まろうとする時期とも重なる。そもそも花を育て始めた経緯を聞いてみると。

「幼い頃から花が好きだったので、買って飾ったりはしていたんですね。それで、寄せ植えを始めたのは、コロナ禍で人間関係がこじれてきついなと感じるときがあって……。その時期に寄せ植えをやってみようと、ふと思ったんです。手を動かして土をいじり、毎日きれいな色味を見ていると、すごく気分転換になりました。香りも豊かだし、花の生命力も感じることができます。そうしているうちにどんどん種類が増えていきました。今はパコパが力強く咲いてます。夏になれば、百合が咲きなかなかゴージャスです。秋も元気にポーチュラカが咲いて可愛かったり、季節の花に会えるのが楽しみになりました」

 

夏の寺尾さんのベランダには白いユリの花が堂々と咲く。他に咲く花はネメシア、ルリマツリ、デージ―、アガパンサス。

 

百合の茎の下で休憩するセミ。「ベランダで植物を育てるようになってから、虫もたくさん訪れてくれて、これもまたいいんです」と寺尾さん。

 

“育てる”が自信をくれる。

寺尾さんのご自宅のベランダは秋も多年草のピンクのポーチュラカが次々に咲く(写真中央のオレンジと左の日ピンクの花)

 

季節ごとに花を咲かせ、香しい匂いも感じさせてくれる寄せ植えが、生活の中にある━━そんな素敵な光景が浮かぶ寺尾さんの暮らし。ベランダで花を育て続けていくためのコツはなんでしょうか?

「鉢の花の場合、土が乾きやすいので、やっぱり毎日水をあげることにつきます(笑)。毎日、お風呂に入ったらお湯を2Lペットボトルに入れて、翌朝その水をやる、というルーティーンをしています。冬は8リットル、夏は10リットルですね。毎朝、ジョウロに水を汲んでくるのも大変なので前日から準備をしています」

さらに寄せ植えを続けていくための最初の花は、多年草だとより魅力を感じられるとも教えてくれた。 

「年を超えてもまた花を咲かせてくれるので、その度に“あっ、また会えた”と思います。年を重ねるほど、より深い関係を築けているように感じるので、どこか友達みたいな感覚になります。それに、また咲いてくれる日を待ちわびていると、時が経つことがすごくプラスに感じてくる。ここ数年は、世界的にどれだけ前進できたのか分からない状況もありましたが、 また花が咲くことで、時が流れることを肯定できるような気がします。自分に何が生み出せるんだろうか、社会の役に立っているのだろうか......。そんなことを考えていたとしても、毎日水をやり続けることで美しい花を咲かせられた瞬間、“あっ、育てられたんだ”と自分の中で自信に繋がります。それもまた素敵だなと」

 

名前を知ることは、愛すること。

寺尾さんがこれまで様々な媒体で発表してきたエッセイと書き下ろしエッセイを収録した『天使日記』(スタンド・ブックス)。表題の「天使日記」に登場する寺尾さんの娘さんが見たという天使は毎日違う花飾りをしていたエピソードも素敵。

 

寺尾さんが昨年12月に発表した『天使日記』(スタンド・ブックス)というエッセイ集には花にまつわるこんな一文がある。

“花の名前を知ることは、花を気にかけて愛するということだ。ただ、花の名前の知識が増えた、ということではないのだ。相手を深く知るということは、より深く愛せるようになるということだ”(「スーさんのこと」より/30頁)

たしかに名前を知ることで、部屋や街中で見かける花や草、木に対して気軽に呼び掛けたり、その存在を認識するということはありえる。この花の名にまつわるエピソードの感想を伝えたところ、寺尾さんはこんな言葉を返してくれた。

「人が花を名付けてきた歴史の中で、さまざまな人が“この花は特別なんだ”と気にかけ、愛し、名付けてきたと思うんですね。だから名前の数だけ、誰かの花に対する思いがあると考えると素敵ですよね。それに、花は大きさや、色、形も違い、花の一つ一つに個別の存在感がある。ベランダで花を育てていても、それぞれの習性の違いに驚かされますし、知ることが楽しいです。それに花が、家の中に“いる”(*)だけ空気を変えてくれるような気もします

なるほど、“ある”ではなく“いる”。花と人が同じ目線に立ち存在を認識し合うことで、より深く愛することができるのかもしれない。

 

 *……寺尾さんの著書『天使日記』では、寺尾さんの大学時代に組んだバンドのベーシストだった植物生態学者のスーさんが植物のことを「ある」ではなく「いる」と記し、植物と対等な関係性を築こうとしていたことが書かれている。

 


寺尾さんのお気に入りの剣山は、青森の美術館で買ったというMICHI-KUSAのガラス製のもの。「小さいのでベランダで折れてしまった花を挿したりしています」寺尾さん。




寺尾さんが9月ごろに撮影したナデシコ、トウガラシ、キバナコスモス、ダリアの寄せ植え。「寄せ植えのラッピングは、ベランダに近いテーブルで行います」と寺尾さん。

 

花を贈り、繋がりをつくる。

寺尾さんが母親にプレゼントした寄せ植え。

 

寺尾さんは昨年末から花にまつわる新しい活動を始めた。それは、ベランダの寄せ植えを、ご自身で開設したネットショップ<sahoterao>で、CDや本、ZINEと並べて一緒に売ることだ。

「ベランダで寄せ植えを始めるようになってから、小さなブーケを作って、友達に会うときにプレゼントするようになりました。あと、地方の方から農産物などをもらったお礼に寄せ植えを贈るようになって、その流れで、発送もできると思い、昨年の秋に売るようになりました。そういえば、幼稚園の頃の夢はお花屋さんでした。それはよく小さい子が言うありがちな夢みたいなもので、 途中から夢はピアニストに変わったんですけどね。でも、花を選ぶのはすごく好きで、花屋で花束を買うときも、店員さんに相談はせずに自分で作っていましたね」

また、寺尾さんは花束を贈る魅力とは違う、寄せ植えを贈ることの魅力を教えてくれた。

「ベランダで寄せ植えを始めた頃から、母の誕生日には寄せ植えを贈っていたんですけど、たまに実家に行くと、その花が植えられたりしていて送ったときに比べて変化しているものがあったりします。そうやって、違う場所で根付いていく感じがいいんですよね。 花を通して、人と繋がり続ける感じがしますね。もちろん、花束と違って鉢を贈るのは大変なんですけどね(笑)」

 


「ブーケを作る時は、角度や並べ方を考えます。一番きれいな並びはどれだろうって迷いつつも、家から出かける直前なので、ぱっぱとまとめますね」と寺尾さん。写真は植本一子さんにあげたブーケを、植本さんが撮影したもの。

 

私の好きな花

ベランダでどうどうと咲くボタンの花。

 

終始、大好きな友達の話をするように、花について語ってくれた寺尾さん。最後に「今一番好きな花はなんですか?」と尋ねたら━━。 

「ボタンが好きかな。なぜか惹かれますね。去年の春に、家のベランダでも咲いたんです。なんか艶っぽいというか、寝起きの美しい人みたいじゃないですか? それに、開くと大きいから存在感あって、なんかドキドキしちゃいますよね」

 


咲きかけのボタンもまた美しい。 

 

4月から高校の音楽の教科書(教育芸術社)に「魔法みたいに」が掲載
4月から始まるNHK「Dearにっぽん」(土曜1005)のテーマ曲に「魔法みたいに」が決定
416日名古屋ちくさ座にてボーカルをつとめるバンド「冬にわかれて」ワンマンライブ
417日代々木公園アースデイに出演
423日札幌時計台ホールにてワンマンライブ
424日大阪枚方の「MUSIC CRAFT FOOD FES」にマヒトゥ・ザ・ピーポーと参加

写真提供/寺尾紗穂
編集・文/恩田栄佑

 

 

 

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